十善戒とは ― 得度で受ける十の戒め
十善戒(じゅうぜんかい)とは、真言宗の得度・授戒で授かる十の戒めです。身体の行い三つ、言葉の行い四つ、心の行い三つから成り、「〜しない」という形で示されますが、その本質は「〜しないことによって、善く生きる」という積極的な生き方の指針です。当道場では得度式で十善戒を授け、得度のみの課程では事前講座の第一回をこの十善戒にあてています。このページでは、十の戒め一つひとつの意味と、現代の生活でどう保つかをご説明します。
十善戒の十か条
十善戒は、身(からだ)・口(ことば)・意(こころ)の三業にわたって、次の十か条から成ります。
| 区分 | 戒 | 読み | 意味 |
|---|---|---|---|
| 身 | 不殺生 | ふせっしょう | 生きものをむやみに殺さない |
| 身 | 不偸盗 | ふちゅうとう | 与えられていないものを取らない |
| 身 | 不邪淫 | ふじゃいん | 道にはずれた関係を持たない |
| 口 | 不妄語 | ふもうご | 嘘をつかない |
| 口 | 不綺語 | ふきご | 飾り立てた無意味な言葉を言わない |
| 口 | 不悪口 | ふあっく | 人を傷つける言葉を言わない |
| 口 | 不両舌 | ふりょうぜつ | 二枚舌を使い、人の仲を裂かない |
| 意 | 不慳貪 | ふけんどん | むさぼらない、惜しまない |
| 意 | 不瞋恚 | ふしんに | 怒りに身を任せない |
| 意 | 不邪見 | ふじゃけん | 誤った見方にとらわれない |
身の戒が三つ、口の戒が四つ、意の戒が三つです。口の戒が最も多いことに、お気づきになるでしょう。言葉は、人を生かしも殺しもする力を持つものです。十善戒は、その言葉の使い方に最も多くの注意を向けています。
一つひとつの戒の意味
身の三戒
不殺生は、生きものの命をむやみに奪わないことです。食べるために命をいただくことまで禁じるものではなく、命を軽んじないこと、いただいた命に感謝することが核心です。
不偸盗は、与えられていないものを取らないことです。物を盗まないという意味にとどまらず、他人の時間や信頼、功績を不当に自分のものにしないことも含まれます。
不邪淫は、道にはずれた関係を持たないことです。真言宗の在家・有髪の僧侶に独身が求められるわけではありませんが、人を傷つけ、信頼を裏切る関係を避けることを意味します。
口の四戒
不妄語は、嘘をつかないことです。自分を大きく見せる嘘、相手を欺く嘘、その場をしのぐ嘘――いずれも、積み重なれば自分の言葉の重みを失わせます。
不綺語は、飾り立てた無意味な言葉を言わないことです。中身のないお世辞、煽るだけの言葉、本心から離れた美辞麗句を慎むことです。
不悪口は、人を傷つける言葉を言わないことです。怒りや侮りから出る言葉は、相手だけでなく、自分の心も荒らします。
不両舌は、二枚舌を使わないことです。ある人にはこう言い、別の人にはああ言って、人と人との間を裂くことを戒めます。
意の三戒
不慳貪は、むさぼらず、惜しまないことです。「慳」は惜しむこと、「貪」はむさぼることで、足りているのにもっと欲しがる心と、持っているのに出し惜しむ心の両方を指します。
不瞋恚は、怒りに身を任せないことです。怒りを感じること自体は人として自然ですが、それに支配され、言葉や行いに表してしまうことを戒めます。
不邪見は、誤った見方にとらわれないことです。因果の道理を否定したり、自分の見方だけが正しいと固執したりすることを離れ、ものごとをありのままに見る努力を続けることです。
「〜しない」の先にあるもの
十善戒は「不」の字で始まりますが、その本質は禁止ではなく、善く生きるための指針です。たとえば不妄語は、嘘をつかないことにとどまらず、真実を誠実に語ることへ向かいます。不慳貪は、むさぼらないことにとどまらず、与えることへ向かいます。十善戒を「十の禁止事項」として暗記するのではなく、「十の方向」として日々の選択の中で思い出すことが、戒を保つということです。
真言宗では、戒を保つことは悟りへの道そのものと考えます。空海は、十善戒を人として生きる根本の規範として重んじました。日々の生活の中で、ふと立ち止まって「これは不綺語に触れていないか」「今の自分は不瞋恚を忘れていないか」と自分に問う――その繰り返しが、人を少しずつ変えていきます。
現代の生活でどう保つか
在家の社会人として十善戒を授かった方は、会社で、家庭で、人間関係の中で、この戒と向き合うことになります。完璧に保てる人はいません。大切なのは、破ったときに気づき、省み、また保とうとすることです。
- 職場で、人の功績を自分のもののように語ることは不偸盗に触れます。
- SNSで、知らない人への罵倒を書き込むことは不悪口に触れます。
- 売るために、商品の効能を実際以上に飾ることは不綺語・不妄語に触れます。
- 人の噂を、聞いた相手によって言い分けることは不両舌に触れます。
こうしてみると、十善戒は千年以上前の戒めでありながら、現代の生活にそのまま当てはまることが分かります。戒を授かるとは、こうした日々の場面で「自分はどうするか」を選ぶための、ゆるがない基準を一つ持つことです。それは、後悔のない生き方の土台になります。
当道場の場合
当道場では、得度・授戒式で十善戒を授けます。得度のみの課程では、三回の事前講座(オンライン・各90分)の第一回を十善戒にあて、一つひとつの戒の意味と、日々の生活でどう保つかをお話しします。得度式では、師僧が十の戒について一つずつ問い、授かる方が答えて戒を受けます。
また、志望理由書の四つの問いの一つ「僧侶の名で何をしないか」と、得度前に署名する行動規範は、十善戒を授かる方が、僧名と肩書をどう使い、どう使わないかを、自分の言葉で引き受けるためのものです。戒を授かることと、僧名を名乗ることは、切り離せない一つのことです。
得度式で授かった十善戒は、その後の毎朝の勤行の中で、繰り返し唱えることになります。『在家仏前勤行次第』(道場から無償でお渡しします)の中にも十善戒が含まれています。 百日の課程で身についた毎朝の勤行が、得度の後も戒を保ち続ける支えになります。
関連する問い
- 得度とは ― 意味、出家との違い、得度でできること 得度とは / 得度のご案内 得度のご案内 / 得度式の流れと当日のこと 得度式の流れと当日のこと / 僧名(戒名)とは ― どう授かり、どう名乗るか 僧名(戒名)とは / 得度のあと ― 見習い期間・度牒・僧籍登録 得度のあと / 僧侶に向いている人、入門する人の動機 僧侶に向いている人、入門する人の動機
このページの要点
- 十善戒は、身三(不殺生・不偸盗・不邪淫)、口四(不妄語・不綺語・不悪口・不両舌)、意三(不慳貪・不瞋恚・不邪見)の十の戒め。
- 「〜しない」は禁止ではなく、善く生きるための方向。破ったときに気づき、また保とうとすることが戒を保つということ。
- 当道場では得度式で十善戒を授け、得度のみの課程では事前講座の第一回を十善戒にあてる。
ご相談
電話 048-700-7014(受付10:00〜17:00)またはお問合せフォームからどうぞ。