出家得度して真言宗の僧侶(尼僧)になるには個別指導で働きながらでも僧侶資格が取得できる心照寺春日部道場

心照寺 春日部道場

埼玉県春日部市火伏せの龍の里
電話: 048-700-7014
受付時間: 10:00 〜 17:00

僧侶になることの現実 ― できること、できないこと

僧侶になることには、確かな意味と、見過ごされがちな現実の両方があります。得度を受ければ僧名を授かり仏門に入りますが、葬儀・法要・祈願を自ら勤めるには四度加行の満行と伝法灌頂が必要です。僧侶の資格は宗教法人の内部制度であり、国家資格ではありません。収入は保証されず、活動の場は自ら作る必要があります。一方で、人の死と悲しみに正面から関わり、人のために祈る役割を正式に担えるようになることは、他の何にも代えがたいものです。このページでは、良い面も難しい面も、できる限り率直に記します。

僧侶になるメリットとデメリットを問う前に

「僧侶になるメリット・デメリット」という言葉で検索される方は多くいらっしゃいます。損得で測ることに抵抗を覚える方もいるかもしれませんが、人生の大きな選択を前に、良い面と難しい面の両方を知りたいと思うのは当然のことです。

ただ、一つだけ先にお伝えしておきたいことがあります。僧侶になることの意味は、得をするかどうかという軸だけでは測れません。それでもこのページでは、あえて現実的な側面を中心に、できることとできないこと、得られるものと背負うものを書いていきます。理想だけを語って入門を勧めることは、後悔につながるからです。

得度だけでできること、できないこと

まず、最も誤解の多い点から整理します。

得度でできること

得度・授戒式では、師僧から僧名(戒名)を授かり、十善戒を受けます。これをもって仏門に入ったことになります。日々の勤行を僧名のもとに続け、仏弟子としての自覚を持って生きる。それが得度の意味です。

得度だけではできないこと

得度を受けただけでは、葬儀・法要・祈願を自ら勤めることはできません。真言宗では、人のために法を修するには、四度加行(十八道・金剛界・胎蔵界・護摩)を満行し、伝法灌頂を受けて阿闍梨となることが必要です。

当道場の得度のみの課程では、得度後6か月の見習い期間中は「心照寺得度者」までを名乗ることができ、「僧侶」の肩書は使えません。見習い期間を終えて度牒が交付され僧籍に登録されてはじめて、正式に僧籍を持ち、「僧侶」と名乗れるようになります。それでも、法要や祈願を勤めるには、さらに修行の道へ進む必要があります。

「得度した=お坊さんとして何でもできる」という理解で入門されると、得度の後に戸惑うことになります。この区別は、入門前に必ず押さえておいてください。

僧侶の資格は、どこまで通用するか

国家資格ではない

僧侶の資格(僧籍、教師資格、阿闍梨位、住職資格)は、国が定めるものではなく、それぞれの宗派・宗教法人が内部の制度として定めているものです。医師免許や弁護士資格のように、一つ取れば全国どこでも同じ効力を持つという性質のものではありません。

当道場で伝法灌頂を受けた方の僧籍は、心照寺でお預かりし、真言宗の僧侶として正式に活動できます。僧籍は道場で管理し、外部からの照会に応じます。

実際に葬儀・法要を勤められる条件

実務の上で、僧侶として葬儀・法要を勤められるかどうかは、次のことによって決まります。

第一に、四度加行を満行し伝法灌頂を受けていること。これが作法の上での前提です。第二に、依頼する側(ご遺族、葬儀社、派遣業者、寺院)が、その僧侶の所属と資格を確認できること。当道場では僧籍の照会に応じているのはこのためです。第三に、実際に引導を渡し、経を読み、作法を間違いなく勤められること。これは資格の紙ではなく、修行の中身で決まります。

伝法灌頂で授与される伝法二紙・許可一紙・血脈一紙・僧階一紙・四度折紙は、この修行を修めた証です。しかし紙が人を僧侶にするのではなく、日々の勤めが人を僧侶にします。

他の宗派・他の寺院では

当道場で授かる資格は真言宗のものです。他宗派の寺院の住職になる、他本山の教師資格として扱われる、といったことは一般にはありません。これは当道場に限らず、どの宗派の資格も同様です。

収入の現実

保証はない

僧侶になれば生計が立つ、ということはありません。寺の跡継ぎとして檀家を持つ立場でない限り、葬儀・法要の依頼は自ら活動の場を作ることで初めて生まれます。葬儀社や僧侶派遣への登録、自宅の一室を寺として開くこと、ご縁のある方からの依頼を一つずつ積み重ねること。いずれも時間がかかります。

多くの方は仕事を続けている

当道場の修行者の大半は、仕事を続けながら修行し、修了後も現在の仕事を続けています。看護・介護・医療の仕事に活かす方、占いや遺品整理の仕事の中で供養を勤める方、定年後の活動に備える方。僧侶であることを収入の柱にするのではなく、今の生業の中に僧侶としての働きを重ねる、という形が現実には多いのです。

職業として目指す方へ

職業として僧侶を目指すことは可能です。修了者には派遣登録などで活動する方、自宅の一室を寺として開寺した方がいます。当道場では修了後も、僧侶活動の相談、自宅の一室を寺として採算に乗せる方法、小さなお寺のための布教活動支援、IT・マーケティング戦略の相談に応じています。これは主管の康照が仏道に入る前、経営者・集客コンサルタントとして35年のキャリアを持っていたことに基づいています。

ただし、支援があっても、最終的に活動を形にするのはご本人です。収入の現実については別のページで詳しくお伝えしています。

周囲の目と、人間関係の現実

家族

僧侶になると告げたとき、家族が戸惑うことは珍しくありません。「寺に入るのか」「仕事を辞めるのか」「お金はいくらかかるのか」という不安が先に立つからです。当道場の修行は自宅実践と個別指導が中心で、仕事を辞める必要も、寺に住み込む必要もありません。費用も入門前に総額を明示します。これらを具体的に伝えられれば、理解を得やすくなります。

家族や職場に知られずに修行することも、大半が個別指導と自宅実践のため、ご自身の判断で進められます。ただし得度式には書類(住民票・履歴書)が必要ですし、何より、家族の理解があるほうが続けやすいのは確かです。

職場・友人

有髪のまま修行できますので、外見が変わることはありません。職場で僧侶であることを明かすかどうかは、ご自身で決めていただけます。一方で、僧名と肩書を名乗る以上、その言動は「僧侶として」見られます。これは自由を狭めるものというより、自分を律する枠として受け止めていただければと思います。

修行の負担の現実

時間

仕事を続けながら、得度から阿闍梨まで通常6〜8か月です。その間、毎日の自宅実践が求められます。週末にまとめて、という形では作法が身につきません。自宅で行う一座の時間や一日の座数は、道場が一律に定めるのではなく、伝授の内容を踏まえてご本人にお任せしています。道場へお越しいただく回数は人によりますが、最低でも6〜7回。それ以上は何回でもお越しいただけ、追加費用はかかりません。

身体

四度加行では、印を結び、経を読み、正座で長時間勤める場面があります。合宿のような過酷さはありませんが、楽なものでもありません。年齢上限はなく70代の修行者もいらっしゃいますが、ご自身の体調に応じたペースで進めることが大切です。

心

修行の途中で、「自分は何のためにこれをしているのか」と問い直す時期が、多くの方に訪れます。これは挫折の兆候ではなく、修行が深まっている証でもあります。当道場では中断しても自分のペースで再開でき、最長3年まで続けられます。質問はLINEで常時受け付けており、一人で抱え込む必要はありません。

それでも僧侶になる意味

ここまで、難しい面を中心に書いてきました。それでも多くの方が僧侶の道を選び、修行を終え、人のために勤めています。

人の死と悲しみの前に立ち、祈り、引導を渡す。亡くなった方とご遺族のために、正式な作法で供養を勤める。それは、資格や収入の話とは別の次元で、人生に深い意味をもたらすものです。看護師として、介護士として、占い師として、遺品整理の現場で、あるいは定年後の日々の中で、「人のために祈ることができる自分」になる。これが、僧侶になることで得られる、何にも代えがたいものです。

後悔のない生き方という視点から見れば、僧侶になることは「何者かになる」ことではなく、「誰かのために何ができる自分になるか」を選ぶことです。その選択は、メリット・デメリットの表の外側にあります。

当道場の場合

当道場では、入門前のオンライン説明と面談で、ここに書いた現実をそのままお伝えしています。得度だけでは法要を勤められないこと、資格は真言宗の内部制度であること、収入は保証されないこと、修行には毎日の実践が必要なこと。これらを承知の上で進まれる方だけが、入門されています。

一方で、できることも明確です。四度加行を満行し伝法灌頂を受ければ、真言宗の阿闍梨として、葬儀・法要・祈願を勤めることができます。授与物は伝法二紙・許可一紙・血脈一紙・僧階一紙・四度折紙、その他印可・印信等です。龍猛・龍智・金剛智・不空・善無畏・一行、恵果から空海へと師資相承された真言宗の血脈に連なります。師弟関係は生涯続き、修了後も僧侶活動の相談に応じ、阿闍梨向けの伝授講座も開催しています。

関連する問い

このページの要点

  • 得度だけでは葬儀・法要・祈願を勤められない。四度加行の満行と伝法灌頂を経て阿闍梨となることが必要。
  • 僧侶の資格は宗派・宗教法人の内部制度であり国家資格ではない。収入は保証されず、活動の場は自ら作る。多くの修行者は仕事を続けながら僧侶である。
  • 難しい面を承知の上で、人の死と悲しみの前で祈る役割を正式に担えることは、何にも代えがたい意味を持つ。

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