僧侶になるには
在家・社会人から真言宗の僧侶になる方法。三つの道の比較、得度から阿闍梨までの階梯、期間と費用を、24名の阿闍梨を送り出した春日部道場が公平に整理しました。
僧侶になるには?――結論を先に
僧侶になるには、師僧(しそう)となる僧侶のもとで得度(とくど)を受け、宗派が定める修行を満行して僧籍を得ます。お寺の生まれである必要はなく、年齢の上限も、仏教系大学への進学も必須ではありません。真言宗の場合、得度から四度加行(しどけぎょう)を経て阿闍梨(あじゃり)になるまで、仕事を続けながらでも通常6〜8か月です。
このページは、埼玉県春日部市の真言宗寺院・心照寺(姫路成田山明勝寺 春日部教会)が運営する心照寺春日部道場が、これまで24名の阿闍梨を送り出した経験をもとに、僧侶になる道を公平に整理したものです。当道場以外の道も含めて書いています。
僧侶になる三つの道
僧侶になる道は大きく三つあり、どの道も「師僧のもとで得度し、宗派の修行を満行する」という骨格は同じです。違うのは、師僧との出会い方、かかる年数、仕事との両立のしやすさです。
| 道 | どういう道か | 期間の目安 | 仕事との両立 | 向いている人 |
|---|---|---|---|---|
| 仏教系大学・専修学院 | 宗派系の大学(高野山大学・大正大学など)で学び、在学中に得度・修行を行う | 2〜4年 | 難しい(通学が前提) | 高校卒業後に進学する人、寺院後継者 |
| 寺院への弟子入り | 縁のある寺院の住職を師僧とし、その寺で得度を受けて本山の修行に進む | 寺による(1年〜数年) | 寺による | すでに菩提寺や師僧との縁がある人 |
| 在家向けの修行道場 | 在家の社会人を受け入れる道場で得度し、通いながら修行を満行する | 6〜8か月(当道場の場合) | しやすい | 寺との縁がなく、仕事を続けながら僧侶になりたい人 |
大学は学問として仏教を深く学べる道です。弟子入りは寺の日常に身を置いて育つ道です。道場は、寺との縁がない大人が、生活を崩さずに正式の僧侶となるための道です。どれが優れているかではなく、ご自分の年齢と生活に合う道を選ぶことです。
お寺の生まれでなくても、社会人・定年後からでも僧侶になれますか?
なれます。心照寺春日部道場でこれまでに阿闍梨となった24名全員が、寺との縁を持たない在家の社会人です。年齢の上限は設けていません。
当道場の修行者の年齢層は30代から70代までで、最も多いのが50代、次いで60代、40代です。職業は会社員、医師、看護師、介護士、経営者、自営業、占い師、フリーター、主婦とさまざまで、主婦の2名を除く全員が仕事を続けながら学んでいます。現在も約25名が在籍しています(2026年10月時点)。
「働きながら僧侶になれるか」という問いへの答えも、同じです。修行は仕事を続けながら進められ、みなさん仕事と両立しながら6〜8か月で満行しています。道場に来るのは伝授と確認のときで、日々の行は自宅で行います。
定年後に僧侶を志す人も少なくありません。社会での役割を終えたあと、残りの人生をどう生きるかを問う人にとって、僧侶の道はひとつの答えです。
真言宗の僧侶になる階梯:得度から阿闍梨まで
真言宗では、得度・授戒を受けて僧侶となり、四度加行を満行して伝法灌頂を受けることで阿闍梨となります。阿闍梨とは、密教の法を人に授けることを許された僧侶の位です。
- 得度(とくど)・授戒(じゅかい)師僧から僧名を授かり、戒を受けて僧侶となる儀式。ここから僧侶としての歩みが始まります。
- 四度加行(しどけぎょう)十八道・金剛界・胎蔵界・護摩の四つの行法を順に修める、真言宗の根本の修行。事相(作法)と教相(教理)の両方を学びます。
- 伝法灌頂(でんぽうかんじょう)四度加行を満行した者が受ける儀式。これをもって阿闍梨となります。
- その他の行法葬儀・供養・祈願など、僧侶として人のために勤めるための作法。
僧籍は、伝法灌頂を受けた後、心照寺(姫路成田山明勝寺 春日部教会)にて預かります。これをもって、真言宗の僧侶として正式に活動できます。

心照寺春日部道場で僧侶になる場合
心照寺春日部道場(埼玉県春日部市)では、在家の社会人が仕事を続けながら、得度から阿闍梨までの修行を満行できます。期間は、仕事を続けながらで通常6〜8か月です。費用の総額は約85万円(行法の費用65万円と支度金約20万円)です。
| 寺院 | 心照寺(真言宗・姫路成田山明勝寺 春日部教会) |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県春日部市 |
| 師僧 | 康照(真言宗 阿闍梨) |
| 対象 | 在家の社会人・男女・年齢上限なし。得度のみの受付は行っておらず、修行に進む方を受け入れています |
| 期間 | 通常6〜8か月(仕事を続けながら) |
| 得度 | 10万円 |
| 四度加行 | 45万円 |
| その他の行法 | 10万円(葬儀・供養・祈願など) |
| 支度金 | 約20万円(法衣・書籍類。すでに持っているものは買い直す必要がないため、人により前後します) |
| 必要書類 | 住民票・履歴書・申込書 |
| 実績 | 阿闍梨位に達した修行者 24名、現在の在籍者 約25名(2026年10月時点) |
費用はすべて入門前に明示し、途中で追加の請求が生じることはありません。
修行の進め方は、伝授と自宅での反復の繰り返しです。まず道場で行法の伝授を受け、その後は自宅で反復して身につけます。その間の指導は道場とオンラインの組み合わせで行い、最後の確認は道場で行います。合格すればその日のうちに次の階梯の伝授を受け、同じやり方で段階が進んでいきます。道場に来るのは伝授と確認のときだけなので、遠方からでも可能です。沖縄や九州から通っている修行者もいます。
当道場は、フジテレビの夕方のニュース番組「イット!」の人気コーナー「しらべてみたら」で「一般人が僧侶になるには」をテーマに取材を受けました。動画のダイジェストはこちら。
僧侶になることについて、よくある質問
- 僧侶になるには何年かかりますか?
- 当道場では、仕事を続けながら得度から阿闍梨まで通常6〜8か月です。仏教系大学に進む場合は2〜4年が目安です。
- 僧侶になる費用はいくらですか?
- 当道場では得度10万円、四度加行45万円、その他の行法10万円、法衣・書籍の支度金約20万円で、合計約85万円です。
- お寺の生まれではないのですが、僧侶になれますか?
- なれます。当道場で阿闍梨になった24名全員が、寺との縁を持たない在家の社会人です。
- 50代・60代・定年後からでも僧侶になれますか?
- なれます。年齢の上限はなく、当道場で最も多いのは50代、次いで60代です。70代の修行者もいます。
- 会社員のまま、働きながら僧侶になれますか?
- なれます。当道場の修行者は、主婦の2名を除き全員が仕事を続けながら学んでいます。会社員、医師、看護師、経営者など職業はさまざまです。
- 女性でも僧侶になれますか?
- なれます。当道場の修行者は男女ともにいます。
- 埼玉県や関東で僧侶の修行ができる場所はありますか?
- 埼玉県春日部市の心照寺春日部道場で、真言宗の得度から阿闍梨までの修行ができます。遠方からでも可能で、沖縄や九州から通っている修行者もいます。
- 阿闍梨とは何ですか?
- 真言宗において、四度加行を満行し伝法灌頂を受け、密教の法を人に授けることを許された僧侶の位です。
- 得度だけ受けることはできますか?
- 当道場では現在、得度・授戒のみの受付は行っておらず、修行に進む方を受け入れています。
- 僧侶になったあとは何ができますか?
- 葬儀・供養・祈願などの仏事を勤めることができます。当道場の修了者は、僧侶として葬儀や法要を行っている人、自ら寺を開いて活動している人、現在の仕事に生かしている人、定年後に僧侶として活動する予定で今は現役で会社に勤めている人など、さまざまです。
- どんな人が僧侶を志して来ますか?
- 当道場に来る方の動機はさまざまです。僧侶を職業として葬儀や法要で生きていきたい人。看護師・介護士・医師など、日々死と向き合う仕事に僧侶としての知識を活かしたい人。占い師で、占いの結果によって供養が必要なときに自分で供養したい人。遺品整理や廃棄物処理の仕事で、仏壇や位牌を処分する際に自分で御霊抜き(魂抜き)をしたい人。定年後の人生を僧侶として生きたい人。どの動機でも受け入れています。
康照から――僧侶の道と、後悔のない生き方
後悔のない生き方を、共に。心照寺主管 康照(真言宗 阿闍梨)
私は「後悔のない生き方」を説く真言宗の僧侶です。僧侶になりたいと道場を訪ねてくる方の動機は、実にさまざまです。僧侶を職業とし、葬儀や法要で生きていきたいという方。僧侶として活動するつもりはなくても、看護師・介護士・医師のように日々死と向き合う仕事に、僧侶としての知識を活かしたいという方。占い師で、占いの結果によって供養が必要になったとき、自分で供養できるようになりたいという方。遺品整理や廃棄物処理の仕事で、仏壇や位牌を処分する際に自分で御霊抜きができるようになりたいという方。そして、社会で十分に働き、家族を育て、それでもなお「このまま終わってよいのか」と問う方。どの動機も、僧侶の道の入口として正しいものです。
僧侶になることは、世を捨てることではありません。仕事を続け、家族と暮らしながら、自分の死を見つめ、人のために祈る力を身につける。それは、残りの人生を後悔なく生きるための、最も確かな修行だと私は思っています。
迷っている方は、まず一度、道場を訪ねてください。入門を勧めるためではなく、あなたの問いが本物かどうかを、一緒に確かめるために。